
洞口依子さんは、15歳で篠山紀信氏撮影の『週刊朝日』の表紙を飾り、
1985年、黒沢清監督の『ドレミファ娘の血は騒ぐ』で映画デビューした女優さんです。
今回は、洞口依子さんの若い頃を振り返ります。
(映像:ShinoyamaNet)
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洞口依子:透明感あふれる美少女から女優へ
洞口依子(どうぐち よりこ 1965年3月18日生まれ 本名:葛西 依子(かさい よりこ))さんは、東京立正高校1年生の時に『週刊朝日』(1980年11月7日号)の表紙を飾る。
その後『EPICソニー・スターメイキングコンテスト』で優勝。
1983年 綜合男性誌『GORO』(小学館)の「激写」モデルとして芸能界デビュー。※ 撮影:篠山紀信
1985年20歳のとき 映画『ドレミファ娘の血は騒ぐ』で主役として初出演。
その後も黒沢清監督や伊丹十三監督の作品に多数出演し、演技力を高く評価されています。
洞口依子:テレビドラマでの活躍
1986年にはテレビドラマ『女の人さし指』で初出演を果たし、
以後1992年『愛という名のもとに』(フジテレビ)や
1997年『ふぞろいの林檎たち IV』(TBS)などで人気を博しました。
1997年にはNHKのディレクター葛西弘道さんと結婚し、幸せな家庭を築いています。
洞口依子:ウクレレバンド「パイティティ」音楽活動
1999年にはウクレレバンド「パイティティ」を結成し、音楽活動にも力を入れています。
ウクレレバンド「パイティティ」は、サザンオールスターズの関口和之のアドバイスがきっかけ。
映像作家の石田英範と活動し、2007年にマキシシングル「マクガフィン」を発売。
各地でライブを展開。
2008年7月9日に初アルバム『Paititi』を発売し、「ウクレレ・ランデヴー」のPVを原口智生監督が制作。
活動を描いたドキュメンタリー映画『ウクレレ PAITITI THE MOVIE』も制作された。
洞口依子さんの多才なキャリアは、映画やドラマだけでなく、音楽の分野にも広がっています。
