
宝塚歌劇団で輝かしいキャリアを築き、現在も活躍を続ける鳳蘭さん。
彼女はその西洋的な顔立ちから「ハーフでは?」と誤解されることもありますが、実際には純粋な中国系。
今回は、鳳蘭さんの多文化的背景と宝塚から現在に至る軌跡を紹介します。
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鳳蘭さんの生い立ちとルーツ
鳳蘭さんは1946年1月22日、兵庫県神戸市に生まれ、
もともと中華民国籍で、本名は荘芝蘭(ツエン・ツーレイ)という名前でした。
その後、日本国籍を取得し、現在は荘田蘭(しょうだ らん)という名前でも知られています。
彼女の両親はともに中国人であり、純粋な中国系の血を引いています。
しかし、西洋的な顔立ちから「ハーフではないか」と誤解されることがしばしばあります。
この点が彼女の多文化的な魅力を一層引き立てていると言えるでしょう。
鳳蘭:宝塚歌劇団での輝かしいキャリア
神戸中華同文学校を卒業した後、鳳蘭さんは宝塚音楽学校に入学。
(鳳蘭さん)「友だちが宝塚を受けると聞いて、つられて興味を持ちました。
『音楽学校で2年勉強すれば舞台に立てる』と知り、小さい頃からみんなを笑わせるのが好きだった私は、舞台に立つことを目指し、7か月間だけバレエと歌を習いました。」(『木村政雄の事務所』)
また宝塚の舞台を見たことがなかった鳳蘭さんは、入学後初めて3階席から舞台を観て『あの真ん中の人は誰?』と尋ねたところ、『那智わたるを知らないの?トップスターの名前も知らずに入ったの?』と周りを驚かせました。(げきぴあ 2019年)
彼女は身長170cmという恵まれた体格と圧倒的な存在感で観客を魅了し、
1970年には星組のトップスターに就任。
トップスター時代には数々の名作『ベルサイユのばら III』(1976年 フェルゼン役)『風と共に去りぬ』(1977年 レット・バトラー役)『誰がために鐘は鳴る』(1978年 ロバート・ジョーダン役)に出演し、その卓越した演技力と歌唱力で宝塚の歴史に名を刻みました。
1979年に退団するまで、彼女は宝塚の象徴的存在として多くのファンに愛されました。
鳳蘭がハーフと誤解される理由:ライザ・ミネリに似ている⁉
鳳蘭さんがハーフと誤解される理由には、彼女の西洋的な顔立ちが挙げられます。
高い鼻梁やくっきりとした目元など、欧米の特徴を思わせる外見は、多くの人々にそのような印象を与えているのです。
(鳳蘭さん)「ライザ・ミネリに似ているとよく言われます。
同い年で、宝塚時代には新聞で『ライザ・ミネリにそっくりだが、鳳蘭のほうが美しい』と書かれたこともあります。」(『木村政雄の事務所』)
しかし、実際には純粋な中国系の血筋を持っています。
この誤解は、彼女の個性的な美しさと独特の存在感をさらに際立たせています。
鳳蘭:舞台女優としての多文化的表現
退団後も、鳳蘭さんはミュージカル女優として活動を続けています。
彼女の多文化的なバックグラウンドは、舞台上での表現力にも反映されています。
日本と中国、さらには西洋の要素を融合させたパフォーマンスは観客を魅了し、多くの賞を受賞する原動力となりました。
2005年には紫綬褒章、2016年には旭日小綬章を受章するなど、その功績は高く評価されています。
鳳蘭:北京料理「萬楽」のオーナーとしての顔
鳳蘭さんは舞台活動だけでなく、実業家としても成功を収めています。
関西を中心に展開している「北京料理 萬楽」のオーナーとして、その腕前を発揮しています。
北京料理に対する深い造詣を持ち、料理店は多くの人々に愛されています。
この取り組みも、彼女の多才さを物語っています。
現在も輝き続ける鳳蘭さん
現在の鳳蘭さんは、舞台やテレビ出演を続けながら、彼女の文化的なルーツを大切にし、多くのファンに感動を届けています。
彼女の生き方は、多文化を融合させたユニークなものであり、これからも新しい魅力を発信し続けることでしょう。
鳳蘭さんの人生には、宝塚スターとしての華やかさ、多文化的背景、そして実業家としての一面が見事に融合しています。
その独自性が彼女を唯一無二の存在にしています。


